第7話(NEW)第7話 窓口で切符を買おう! 澄んだオレンジ色の西日が駅前広場を照らし出し、そろそろローマ第一日目の日も暮れようとしていた。 さて、いよいよ本日最大の難関である、 “フィレツェまでの切符購入” が待ちかまえている。 フィレンツェに行くのは5日目の予定なのだが、まだ夜も明けきらぬ早朝に出発する為 テルミニ駅を利用する今日、前もって買っておくことにしたのである。 イタリアには、ローカル電車から国際特急まで、全部で6種類の特急、急行などが走っている。 ローマからフィレンツェまでは約2時間半かかるので、 確実に座って行くためにも是非シートを予約しておきたい。 2等車で禁煙席、往復で、ふたり横並びの席が望ましいのであるが、 英語も、ましてやイタリア語も、殆ど全く喋れない私達にとって この長距離切符の購入は、まさに『試練』である。 もちろん切符の自動券売機もあるのだが、貧弱な私達の語学力では、 画面に表示される英文の、おおよその意味すらおぼつかず、 購入した切符で本当にフィレンツェまで行けるかどうか、かなり危うい。 ということで、コミュニケーションがとれる分だけ、比較的間違いが少ないであろう、と、 わざわざ窓口に並んでで買うことにしたのだった。 テルミニ駅の切符販売窓口は、全部でざっと20以上あった。 夕方のこの時間だからだろうか、どの列もうんざりするほど並んでいる。 しかもよくよく見てみると、1~6番の窓口と、7番以降の窓口とでは、何やら違うようだ。 1~6番に並んでいる人は比較的少なく、7番以降はどの窓口にも20人以上が並んでいる。 目を凝らして案内板を読んでみても、6番までと7番以降はどう違うのか、 私達の語学力ではさっぱりわからない。 会話集の例文を引いても、案内板に書かれている単語は見当たらない。 これは一体どうしたものか、と、無い知恵を絞って考えた結果、 多分、当日券の窓口と、予約専用窓口に別れているのではないか、という結論に達した。 日本でも大抵、当日券と予約専用の窓口は別々に設けられているからである。 しかし、ヨーロッパの国であるから、国際線窓口とローカル線の窓口、ということも考えられる。 さて、どっちだろう? もし、間違って並んでしまったら、この人数からしてたっぷり30分は待つことになるだろうから、並び直して倍の1時間は裕に費やすこととなるだろう。 やまだが言う。 「イタリア人って、窓口のところに来てから色々決めるらしいですよ。 あそこまでいってから 『そっかー、それじゃあどうしようかなあ』なんてやるらしいから きっともっと時間かかりますよ」 嗚呼、流石イタリア人。 それを聞いては 益々間違えられない。 貴重なローマでのひとときを、こんなむさ苦しい駅構内で並んで潰したくはない。 さあ、どっちだ?! どちらに並べばいいのだ?? 「きっとこっちの、ひとが少ないほうが予約専用ですよ」 「えー、でもさあ・・」 「だってあっちは大きな荷物持ってる人達ばかりですよ。 あんなでかいバゲージもって、予約だけってことはないでしょ?」 「でも、国際線だから大荷物なのかも知れないじゃん」 「ローマがいくら観光都市でも、国際線列車があんなに大勢ってことはないですよー」 「うん、そう思うけどさー・・・」 こんなことでしか、窓口の区別がつけられない自分たちが、心底情けない。 しかし、いつまでも言い争って、堂々めぐりをしていても仕方ない。 とりあえず1~6の、並んでいる人数の少ない窓口に並び、賭けに出ることにした。 ああ、神様。 どうか無事に切符が買えますように・・・ 並んでいる時間を利用して、やまだがイタリア語会話集の『切符の買い方』のページを開き、練習している。 しかし、そのイタリア語とは程遠い発音聞いていると、どうもアヤシイ。 怪しすぎる。 こんなんで本当に通じるのだろうか? そんな妖しげな言葉を暗記するくらいだったら、使える例文をメモして窓口で見せたほうが早いのではないか? 「そう!そうですよ! その手があった! 藤紫さん、あったまイイ!」 ・・・というわけで、メモは当然私が書くことにあいなった。 私が持ってきていた会話メモの中に、今回そっくり使えそうな例文をみつけ、 日付や列車の名前を置き換えて、そのまま引用することにする。 『Vorrei prerotere due posti in seconda classe per Firenzie. L’Intercity 719 che parte 6.30,22 Ottobre. Possi non fumatori,per favore.』 《和訳》 (フィレンツェ行きの2等車を2席予約したい。 10月22日、6:30発、I.C.(国内特急列車)719号 出来れば禁煙席でお願いします) 流石はNHKラジオ・イタリア語講座。 使える。 列車はさっき、ホームの時刻表で調べたばかりなので、これで大丈夫なはずである。 30分程並んで、いよいよ私達の番が来た。 恐る恐るメモを渡すと、窓口のキレイなお姉さんはメモを小声で復唱してから こちらを見て、早口で何か言い始めた。 当然のことながら、私達には何のことやらさっぱりわからない。 ・・・もしかしたら、やはりこの窓口ではなかったのだろうか? 「プオ スクリーヴェレ クイ?」 (ここに書いて貰えませんか?) と、これだけは絶対覚えておこうと思っていた例文を、ここぞとばかりに使ってお願いすると お姉さんは、さらさらっとメモにこう書いてくれた。 6.30 → X 6.35 EC → ○ それに加えて、またも早口のイタリア語で説明を加えてくれる。 どうやら、6:30のICは それ自体該当する列車が無く、 6:35のECならあるので、それでいいか?ということらしい。 ECといえば、国際列車:ユーロシティの事である。 「ICとECって、同じ料金なのかなあ?」 やまだと2人、顔を見合わせる。 しかし私達には咄嗟にそれを訊くだけの語学力が無い。 どうしようかと迷っていると、窓口のお姉さんは “仕方ないわねえ”という感じで首を横に振り、カタカタっとキーボードを打ち、 「L,96000」(960,000リラ) と言った。 ホッ・・・どうやらICと同じ料金のようだ。 切符の日付と、車両と、シートのナンバーを、窓口のお姉さんと一緒に、ひとつひとつ確認する。 ローマからフィレンツェ、禁煙、2等席、2枚だ。 『Ba vene?』(OK?) 「Ba vene!! grazie!! Arivederchi!!」(OK!ありがとう!さよなら!) やったー!!買えた!! 嬉しくて嬉しくて、買ったばかりの切符をしげしげと見つめる。 これでフィレンツェに行ける! 『ダビデ像』だ! 『ヴィーナスの誕生』だ! 『春』だ! バンザイ!! 「でも・・・」 と、やまだが不安そうに言う。 「これって、帰りの分は?」 ・・・しまった、『往復ぶん下さい』と書くのを忘れていた。 ということは・・・ 「また並ぶってこと?」 「・・・だね。」 がっくりとうなだれつつ、一番短い列を探すと、その列はさっき私達が切符を買ったお姉さんの窓口であった。 第8話 『行きはよいよい。帰りはコワイ』につづく |